染めない生活

52歳で毛染めを止めました。

脂漏性皮膚炎が再発してやったこと

いったん治まっていた脂漏性皮膚炎が再発しました。

ある程度効果がわかっているため、前回と同じ方法をとりました。

 

かゆみ対策

 

ビタミンB主製剤のチョコラBBプラスを朝晩1錠づつ飲みました。

前回と同じく、3か月ほど続けてようやくかゆみが治まってきました。

 

カサつき対策

 

かゆみが治まりかけた時、額の両端がカサつき始めました。

しばらくして、生え際のフケも出始めました。

 

カサつき対策ですが、前回はいろいろ試したのですが有効な方法が見つけられませんでした。

今回は二度目ということもあり、なんかもうカサつきに立ち向かおうという気持ちがありません。

どうせ治まっても半年ほどしたらまた再発するんでしょ、といった、やさぐれた気分にもなっています。

 

で、やっているのはワセリンをぬるだけ。

顔を洗った後だけでなく、カサついているなと感じた時は塗っています。

1日に4~5回ほど。

 

もう一つやっていることは、石けんで顔を洗わないことです。

水かぬるま湯で洗うだけにしました。

もともとそうしていたのですが、夏場は汗をかくので石鹸で洗った方がすっきりすると思い、一度やってしまうとそれが習慣になって続けていました。

でもカサつくので石鹸洗顔はよくないだろうと止めました。日焼け止めも使わなくなりましたし、水で充分です。

 

ただ、ワセリンはカサつきやフケを根本から治すものではありません。

前回何を試したかを思い出して、またエビオスを飲んでいます(1日3回5錠)。

飲み始めて半月ほどなので、まだカサつきもフケも少しマシになったかな?という程度です。

 

ここまで来るのに、再発してから5か月を過ぎています(時間かかりすぎ)。

もう1年の半分を脂漏性皮膚炎とともに生きていることになります。

なんとかしたいです、ほんとに。

 

再発を防ぐために

 

それにしても脂漏性皮膚炎ってすぐに再発するのですね。

そう聞いていましたが、たった半年しか持たなかったのが残念です。

 

今回、エビオスでカサつきやフケが治まったとしても、おそらく一時的なものでしょうから、また半年ほどで再発する可能性があります。

なんとか再発を先延ばしにしたい、できれば完全に防ぎたいので、何か手を考えたいです。

 

とはいえ新しい方法が見つからないので、今のところカサつきやフケが治まっても、エビオスを飲み続けてみようかと考えています。

1日に飲む回数や量を減らすなどして、再発しない程度の状態を維持できればいいのですが。

 

 

「彼女がその名を知らない鳥たち」を読むと泣いてしまう

最近、沼田まほかるの小説が相次いで映画化されているようです。

ユリゴコロ」「彼女がその名を知らない鳥たち」など。

 

6年ほど前、沼田作品にはまって次々読んでいたことがあります。

最近は新作が出なくなったので遠ざかっていました。

 

私が最初に読んだのは「9月が永遠に続けば」でした。

これがデビュー作?と驚き、次に読んだのが「彼女がその名を知らない鳥たち」で、圧倒されたのです。

今でもこの本が一番好きです。

ミステリーと言われていますが、ストーリーはそれほど凝ってなく、ミステリー風味の恋愛小説といったところ。

 

男の描写がすごい

 

なにより、主人公の十和子が一緒に暮らしている陣治という男の造形がすごいです。

ゲボゲボと咳をし、音を立ててものを食べ、水虫を皮をむしるなど、やることなすこと十和子に嫌悪感を抱かせます。いや、普通の女性なら生理的に受け付けないと言いたくなるタイプ。

そんな陣治を嫌悪し、わざと傷つけるようなことを言う十和子は、陣治の稼いだお金で暮らしているのです。

そして十和子の心を占めているのは、昔付き合っていた黒崎という男だけ。

ところがその黒崎が行方不明だと刑事が訪ねてきて、十和子は陣治が殺したのではないかと疑い始めます。

 

この黒崎と付き合っていた十和子はボロボロになって捨てられました。

なのにまた、腕時計の修理を依頼したことで知り合った、百貨店勤務の水島という男と関係を持ちます。

 

この水島がまた、見かけだけの薄っぺらい男です。

十和子の腕時計のメーカーが倒産してもう部品がないため、デザイン、価格などできるだけ近いものを探したと差し出した代替品が、元の値段3万5千円に遠く及ばない3千円だったことが後でわかったり。

かつて行ったことのあるタクラマカン砂漠のことを十和子に熱く語った、その一字一句がガイドブックのコラムと全く同じものだったり。

会社の大事な書類がなくなったと大騒ぎして十和子に連絡してくるくせに、見つかったあとはそのことを連絡もせず忘れてしまっていたり。

 

どうしようもなさが胸に迫る

 

どうして十和子がこんな男を好きになるのか読んでいて呆れるほど。

十和子を本当に愛していたのは彼女が嫌悪していた陣治だけで、それを失おうとするときに初めて知るのです。

何度呼んでも最後のページに来ると涙がこみ上げてきます。

でも何に泣いているのかよくわからない。

十和子のどうしようもない愚かさにか、二人の救いようのなさにか、もっとどうにかならなかったのかというやるせなさにか。

 

読み終わってしばらくは登場人物が頭の中を漂い、この本のことばかり考えることになります。

 

 

「未来の年表」怖いけれど知らなくてはいけないこと

今話題の「未来の年表」(河合将司 講談社現代新書)を読みました。

人口減少傾向にある日本がこの先どうなるかを、年代を追って2065年頃まで書いてある本です。

 

暗い気分になること請け合いの、恐ろしい事実を突き付けられます。

 

進む少子化

 

一言で言えば、少子化は止まらないということ。

2015年時点で1億2700万人だった日本人は、40年後には9000万人を下回り、100年たたないうちに5000万人ほどに減ります。

これを作者は「ぞっとするほど日本人は少なくなる」と表現しています。

こうして人口が減ることによってどんな変化が起こるのか、人口減少カレンダーからいくつかを抜き出してみます。

 

2019年 IT技術者が不足し始め、技術大国の地位揺らぐ

2024年 3人に1人が65歳以上の「超・高齢化大国」へ

2026年 認知症患者が700万人規模に

2033年 全国の住宅の3個に1戸が空き家になる

2040年 自治体の半数が消滅の危機に

2045年 東京都民の3人に1人が高齢者に

2065年~外国人が無人の国土を占拠する 

 

などなど、恐ろしい事柄がずらりと並びます。

書いていて気がめいるようなことばかりです。

 

これからは「縮む」?

 

これからどうすればいいのかについて、作者は「戦略的に縮む」ことを提言しています。

「日本を救う10の処方箋」として具体的な策を提案しています。

高齢者の線引きを75歳以上に引き上げる、24時間社会からの脱却、非居住エリアを明確化する、など。

 

でも、どんなに縮んだところで出生率が上がらなければ、いずれ日本は消えてなくなるというところまで来ているようです。

 

正直、出生率が下がっていると毎年のようにニュースで聞いていたのに、それが社会にどんな影響を与えるのかについて、ほとんどわかっていませんでした。

赤ちゃん・子供用品が売れなくなるだろうとか、少年野球チームなども頭数をそろえるのに苦労しそう、くらいのことしか思いませんでした。

 

しかし、子ども数が減るということについて、それが深刻なことだと気が付いたのは、国防問題についてある国会議員が「若い人が減るということは自衛隊に入る人も減るので、自衛隊をどう維持していくかという問題につながる」という意味の発言をしているのを新聞で読んだ時からです。

 

自衛隊だけでなく、警察も消防も、そのほか安全な生活を送る上でなくてはならない大事な職業はいくつもあり、それらに就く人がいなくなるということです。

 

自分の子どもが小さい頃は子育てで忙しく、また付き合いが狭いこともあって社会の変化に気が付きませんでした。

本にもあるように、「人々が日常生活の中ではなかなか実感が湧かない問題であることが、対応が遅れた最大の要因」であるのです。

 

戸惑いも大きいのですが、切羽詰った状況であるということはわかりました。

 

 

白髪になると「外国の人みたい」と言われるのはなぜ?

毛染めを止めてもうすぐ1年半になる私の髪は、ほとんど白です。

この髪のために外国の人みたいと言われたことが何度かあります

(その外国ってどこなのかという疑問は置いといて)。

顔立ちも体型も、外国を想像させるような点は全然ないのにもかかわらずです。

 

先日、娘と二人で出かけた時、娘の友人に会いました。

友人は後日娘に、「お母さんって外国の人?ハーフ?」と聞いたそうです。

娘も、娘からそれを聞いた私も「は?」という感じでした。

 

そこで、どうしてそんな錯覚が起こるのかを考えてみました。

 

日本人の髪=黒

 

大半の人の頭には、日本人の髪=黒、というイメージがこびりついているのだと思います。

そして実際、身の周りに高齢者以外で髪の白い人を見かけることはすごく少ないのでしょう。

 

これらの理由から、白い髪の50代女性を見た時、

周りの中年女性とは違う → 日本人じゃないのかも → 外国の人

という展開になったのかと思われます。

 

髪の印象

 

外観における髪の毛の印象は意外と大きいです。

ヘアスタイルを変えたり、染めて色を変えただけでも印象がガラリと変わることはよくありますね。

手先や足先などの変化は気が付かなくても、髪は顔のすぐ上にありますので、眼に入りやすいです。

ちらりと見ただけでも白い髪は間違いなく目に入ります。

 

ハイライト効果

 

首回りに白い服を持ってくると、ハイライト効果で顔が明るくなります。

白い髪は上からの効果になりますが、まるでレフ版を当てているかのように同じような効果をもたらしてくれます。

顔が明るく感じられることが、「なんとなく日本人ぽくない」という錯覚を生んでいるのかもしれません。

 

自然な色

 

金髪に染めている若い人を見て、「外国の人みたい」とは思いません。

髪は金色でも顔立ちは日本人そのままで、髪と顔立ちがそぐわないためです。

白髪の場合は顔立ち関係なく、自然に誰もが変化してなっていく色です。

見ていて違和感がないため、元からそんな色だと思われたのかも。

 

ちゃんと見ていない

 

一番の理由はこれでしょうね。ちゃんと見ていないのです。

ちらっと見て、白髪の印象が強かったというだけなのでしょうね。

まあ、若い人に私をよく見ろという方が無理ですが。

 

というわけで、「外国の人みたい」と言われることは別に喜ぶようなことではないことがわかりました。

それでも、今までの人生でそんなこと一度も言われたことがないので、少し楽しい気分になれます。

 

 

北斎展に行ってきた

あべのハルカスで開催中の北斎展に行ってきました。

連休中だったせいか、すごい人出。

まず美術館のある16階に上るためのエレベーターに乗るのに行列。

そして当日券を買うだけで2時間待ち、さらに会場に入るのに40分待ちと言われ。

もう帰ろうかと気力萎えつつ一旦その場を離れ、近くのローソンでチケットを購入。

再度美術館へ行きました。

今度は20分ほどで無事に入ることができました。

 

デパートの美術館なので小さなものかと思っていましたが、絵の数はたくさんありました。

ただ人が多かったので、ゆったり見ることはできず、見にくかったのは仕方ありませんね。

 

作品の数々

 

それでも、「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」や、赤富士の「凱風快晴」などの有名なもののほか、初めて見る直筆の絵もあって見ごたえがありました。

細密画のように繊細な花や鳥などの絵や、自画像、北斎漫画などなど、90歳になっても絵を描いていた天才にふさわしい画業の数々でした。

 

天才が長生きして、その道ひとすじに努力し続けるとどんな結果を生むのか、ということを見せてくれています。

 

高齢化の進む日本ですから、死ぬ間際まで自分の道を歩き続ける北斎の生き様に魅力を感じる人も多いかもしれませんが、凡人のできることではないよな、なんて思ってしまいました。

 

昔見た北斎漫画

 

私は30年以上も前、デパートの催し会場で行われていた小さな展覧会で北斎漫画を見て、その足で別の場所でやっていた洋画家の小磯良平展を見に行ったことがあります。

 

絵の数も大きさも小磯良平展のほうがずっと立派だったのに、小さなスケッチ程度の作品の多かった北斎のほうが受けた印象はずっと強かったのです。

時代も画材も違っていた北斎の持つ実力を、垣間見た気になったのを思い出します。

 

残念ながら今回はそれほど強い印象は受けませんでした。

自分がどう感じているのかを確認でず、次から次へと見て行った生だと思います。

人が多かろうが、もっとゆったりと見なくてはいけませんね。

 

海外の評価が気になる?

 

それにしても、北斎始め浮世絵を語るときに、浮世絵は当時のヨーロッパの画家たちに影響を与えたということが決まって語られますね。

日本人は、ある作者や作品が海外の人々に評価されると、それがさらに評価を上げるように感じるのでしょうか。

海外で日本人がどう思われているかとか、日本の製品がどうとか、そんなテレビ番組もありますね。

私も確かに、海外で人気と聞くと日本人としてのプライドをくすぐられる気になります。

 

でも北斎は海外での評価がどうであろうと、当時の日本で人気の画家だったそうなのです。

当時の日本人たちはちゃんとわかっていたんだなと、ちょっとホッ。

 

 

眼にいいと思ってやっていたことがよくなかった

朝、洗顔のついでに水をためた手のひらの中で眼をぱちぱちさせるのが日課でした。

右目をぱちぱち、左目をぱちぱち。もう一度同じことを左右で繰り返します。

いつ頃から始めたのか、誰かに聞いたのか読んだのか、まったく覚えていないのですが、もう何年と続けています。

眼も、眼の周りも水でひんやりして気持ちがいいのです。

 

ところが、これは目によくないということを最近知りました。

 

眼は安易に洗ってはダメ

 

「視力を失わない生き方」(深作秀春 光文社新書)によると、眼にゴミが入った時以外は洗ってはダメなのだそうです。

 

・涙の成分の中の油性分や、ムチンなどの角膜を守ってくれる成分が洗い流される。

・水道水も無菌ではないため、目が汚染される。

という理由からです。

ホウ酸水などで洗うのも、油層や保護成分を洗い流すためやっていけないことです。

 

本を読んですぐに眼を洗うのを止めました。

すると、なんとなく眼の調子がいいのです。

今までは毎日のように疲れ目が気になって目薬を差していました。

それが、目薬を手にすることがぐんと減ったのです。

ショボショボしなくなったというか、乾きにくくなったというか。

 

眼によくないことをしていたんだなと実感しました。

 

眼球体操もよくない

 

本では、眼を左右上下に激しく動かす眼球体操を実行した人が網膜剥離になった例が紹介されています。

激しく眼を動かすことは、眼の中の硝子体線維を激しく揺さぶることになり、眼の健康増進や老化防止などには全く役に立たないとあります。

 

私は長年近眼だったため、「〇〇で近視が治る」という類の本を今までにたくさん読んできました。

大半の本は手元に残っていないので内容ははっきりと覚えていませんが、どれも効果がなかったことだけは確かです。

 

眼の周りの筋肉を鍛えることと、虹彩の機能増進によって近視を治す方法は、かなり真面目に取り組みました(20年程前のことです)。

あれもよくなかったのかもしれません。

測ってはいませんが、トレーニングによって左目だけが、ほんの少し視力が上がったような気がしました。

その後トレーニングを止めてしまうと視力は簡単に元に戻り、そればかりか以前より悪くなったような気さえしています。

思えば、あの本を出版した人も目の専門家ではなくシロウトでした。

 

眼が悪いために少しでも眼にいいことをしようとした結果、眼に悪い影響を与えていたなんて泣くに泣けません。

今後は、「〇〇で視力が回復する」というような本は絶対に手にとらないようにしようと決心しました。

 

診てもらったら

 

近所の眼科医に行ったところ、強度近視かそうでないかのぎりぎりの線上にいると言われました。

特に病的なものはなく、年に一度くらいは検査を受けた方がいいでしょうとのこと。

これ以上悪くならないためには、というような話はありませんでした。

病気の治療はしても、予防という観点はないのかもしれません。

 

 

引出しからペリカーノジュニアを発掘

先日、文房具を入れている引き出しを整理していたら、黄色い万年筆が出てきました。

 

10年近く前、梅田のロフトに行ったとき、当時小学生だった娘にねだられて買ったものです。

子どもの文房具としては高かったせいもあり、ボールペンで充分じゃないのと思いつつ、しぶしぶ買った記憶があります。

 

娘は喜んで使っていましたが、間もなくインクがなくなり、近所のスーパーにはカートリッジは売っていませんでした。

その頃には娘の万年筆熱も冷めていたようで、それきりになっていたようです。

 

久しぶりに発掘した万年筆をよく見ると、「ペリカーノジュニア」の文字が。

え? ペリカーノジュニアだったの?

 

「とにかくうちに帰ります」

 

ペリカーノジュニアは、ドイツのペリカン社製の子ども用の万年筆です。

私はこれを知ったのは、津村記久子の「とにかくうちに帰ります」(新潮文庫)の中の「職場の作法」という小説からです。

 

 

主人公の鳥飼早智子は転職後、最初の給料でペリカーノジュニアの青軸を買います。

あらゆる字を書く用途にペリカーノジュニアを使っていました。

 

ペリカーノジュニアの青い軸を握るたびに、私は全職の厳しさを振り返り、何とか今の会社で生き残っていこうという意欲を奮い起こしていた。入社一年目の私にとって、ペリカーノジュニアは、いわば同士のようなものだった。」

 

同士のような気持を抱ける万年筆って。

どんなんだろう。

ネットで検索して、いかにも子ども向きのデザインを見てちょっと欲しくなり、でも字なんか書かないし、インクは意外と高いし、と諦めていたのです。

それが何年も家にあったとは。知らなかった(マヌケ)。

 

インク詰まりを解消

 

また使ってみようとよく見ると、長年放置していたのでインクが詰まっている様子。

インク詰まりを解消するには水かぬるま湯につけること、とあったのでやってみました。

 

丸1日つけて、もういいかとカートリッジを差し込んでもインクが出ません。

もう1日つけて、ようやく出るようになりました。

実はこのとき、もうカートリッジを買っていたので無駄になるのではと心配でした。

書けるようになってよかったです。

 

最初は書きだしがかすれたりインクの色も薄かったのですが、何度も書くうち元に戻りました。

 

ロフトではもう扱っていない

 

先にも書いたように、ペリカーノジュニアを買ったのは梅田のロフトです。

でもカートリッジを買いに行くと、もう扱っていないとのことでした。

でも近くのジュンク堂の2Fに文房具売り場があったのを思い出して行ってみると(ナガサワ文具センターというお店です)、ちゃんとありました。

買ったのはブルーブラックです。

できるだけ毎日使うようにしなくては。