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染めない生活

50代で毛染めを止めました。

初詣で思ったこと

あけましておめでとうございます。

初詣には行かれましたか?

うちの家族は例年通り、夫が子どものときから行っているお寺にお参りさせてもらいました。

手を合わせてお願いすることは、いつも同じ、家族の健康ですね。

今年は子どもの就職(そろそろ就職を考える時期にさしかかってきたので)なんかもお願いしました。

 

私はまったく信心深いほうではなく、お寺や神社にお参りするのはほとんど観光気分、手を合わせる時も、お願い事がきいてもらえればラッキーという気持ちです。

今までずっとそんな感じできましたが、この年になって少し気持ちが変わってきました。

 

現在は家族のいる、幸せな生活(細かく言えばいろいろあるものの)を送っています。振り返ってみても、そこそこ平穏な人生を過ごしてきたと思います。

最近、それは自分の努力や能力などで手に入れたものではなく、単なる偶然によって持てたものではないかと思うようになりました。

一歩間違えば、とんでもなく苦しい人生になっていたかも、と思うようになりました。

特にそう考えるきっかけがあったわけではありません。

強いて言えば、子どもも大きくなって、ふと、自分のこれまでのことなどを思い出すことが多くなったせいかもしれません。

広々とした、安全な道を歩いていると思い込んでいたところ、本当は崖っぷちの危ないところを歩いていて、いつなんどき崖から落ちるかわからない状態であることに、初めて気が付いたというか。

気が付いたからといって、安全な道に行けるわけではなく、崖っぷちの道はこれからも続くのです。

もちろん、今持っているものもいつ失うかわかりません。

失いたくなくても、自分の努力でなんとかなるものでもないでしょう。

幸せな事だけ起きてくれればそんな嬉しいことはありませんが、それは願っても無理なことです。

禍福はあざなえる縄のごとし、という言葉もあるように、幸せだけ、あるいは不幸だけ、という人生はないからです。

 

となれば、仮に悪いことが起こっても、なんとかしのぐ、粘る、こらえる、踏みとどまる、我慢することができるような力を持ちたいものです。

実際には自分がストレスや逆境に弱い実感があるので、余計にそう思うのかもしれません。

日本は特に災害が多いですし、一寸先は闇という言葉が実感として迫ります。

だからこそ、神様仏様に手を合わせたくなるのでしょうね。

 

ちょっとネガティブに聞こえるでしょうか。

今ある幸せに感謝を忘れず、よりよい日々を過ごしたいという気持ちです。

 

今年もよろしくお願いいたします。