染めない生活

52歳で毛染めを止めました。

みんな、きもちよく歌っている、らしい


スポンサーリンク

朝日新聞に、漫画家の伊藤理佐さんが楽しいエッセイを書いていました。

夜、窓を開けていると外を通り過ぎる人の歌声が入ってくるとか。

自転車に乗っている人の歌は短く、歩いている人の歌は長く入ってくる。

そして、けっこうデカイ声、らしいです。

のびのびと、歌っているんですねえ。

そしてうたわれる歌は、ミスチル的やらドリカム的、ラルクアンシエル方面、その他聞き取れない&知らない歌などなど、若い人が多いようだという分析です。

 

なぜ歌う

 

人はどうして歌うのでしょう。

伊藤家のそばを通る人たちは、仕事や勉強を終え、開放感のあまり口から飛び出す感じでしょうか。

それとも、あれやこれやと悩みや屈託を抱え、一時それらを忘れたくて歌うのでしょうか。

いや、歌うことに理由なんてないかもしれません。

日常生活に「歌う」ことが習慣として根付いている人は、機会さえあれば(周りに人がいなければ)歌ってしまうものなのかも。

 

カラオケ嫌い

 

私は子どものときから歌が下手で自信がありませんでした。女性としては低めの声で、歌うと音域が狭く、高音が出ません。

これまでの人生でカラオケで歌ったことは2~3回くらいです。

それも、どうしても断りきれなかったとき限定で。

できれば歌いたくない。

カラオケのなにが楽しいのかわからない。

頑固にそう思ってきました。

 

気持ちは変わる?

 

それがこの年になって、「歌か。楽しいだろうな……」なんてチラリと思うようになってきたのです。

かつての自分を思うと、不思議でなりません。あれほど歌が嫌いだったはずなのに、なんでだろう?

いえ、厳密には歌が嫌いだったのではなく、人前で歌うのが嫌だったのですが。

 

プロ並みの実力を持っている人が羨ましいのではなく、楽しみで歌う人を良いなあと思うのです。

伊藤さんのエッセイのような、気分良く歌っている人のことを読むと、羨ましくなります。

気持ちよさそうだなと思って。

そして、伊藤家に入ってくる歌は、「あんまり上手じゃない」そうなのですよ。

外で歌う人たちは、人に聞かせるために歌ってるんじゃなくて、歌いたいから歌っているんですものね。

きっと、歌ってそういうものなんですね。

 

いつかはカラオケ行ってみたい、とひそかに思っています。

もう何十年も行ったことないし、ロクに歌ったことがないのでカラオケと聞いただけで落ち着かなくなるのですが。

1人でカラオケ行く人も結構いると聞きます。

楽しいのかな、楽しいんだろうなあ。