染めない生活

52歳で毛染めを止めました。

「やまと尼寺精進日記」尼寺の一年 私の一年


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やまと初めてEテレで「やまと尼寺精進日記」を見たのは、去年の12月のことでした。

月一の放送になってからも欠かさず見て、尼寺の静かで穏やかな時の流れを楽しみながら早くも1年がたちました。

 

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自然の中での暮らしは変化に富んでいる
 

自然の移り変わりに従って、毎年同じ営みを繰り返しているお寺の人たち。

正直、毎年同じことの繰り返しで飽きないのだろうかと感じることがあります。

でもそれは、自然をよく知らない者が感じることなのかなとも思います。

農業や庭作りなど、自然とかかわって暮らしている人たちは、同じように見えても実はさまざまな変化があることを良くわかっているでしょうから。

さらには自分自身の自然への関わり方も年々上手くなっていくことが自覚できれば、飽きることなどないのかもしれません。

 

昨日と今日との違いや、去年と今年の変化に気が付くこと。

そうしたことに気が付く暮らしを送っているから、お寺の皆さんはあんなふうに笑顔が絶えないのかもしれませんね。

 

何事もない日々に感謝

 

同じことの繰り返しで飽きないのかと思うと書きましたが、同じことを繰り返せることへの感謝もあるでしょう。

同じことを繰り返せるのは、健康である証拠です。

体調を崩せば、体力のいることは簡単であっても辛くなります。

 

さらに、災害は防ぎようがありません。

先日の番組で、台風による雨でお寺への山道が一部崩れているところが映っていました。

お寺の生活に支障はないようですが、仮に建物が被害を被っていたのなら、今までと同じ営みは送れなくなります。

 

そう考えると、「同じことを繰り返す」ことができるのは、とてもありがたいことだと気が付きます。

 

私の1年

 

今年1年、特になにも起こらなかった、平凡な1年でした。

でも、それはとてもありがたいことだったとも言えます。

 

先日、学生時代の友人2人と数年ぶりに会いました。

2人とも、自分の両親の介護問題が持ち上がっています(2人とも義理の親とは遠くに離れているせいで関わっていないようです)。

1人は近所に住む両親の家に週4日通い、もう1人は父親の通院に付き添うため遠距離を移動しています。

 

幸い、私はまだそこまでいっていませんが、自分の両親と義母のうち2人が90に近く、1人が80代前半です。

いつ何が起こってもおかしくない年齢だからこそ、何事もなく1年が過ぎたことに感謝の気持ちが湧きます。

 

尼寺の効能?

 

尼寺の番組はいつ見ても同じような時間が流れています。

最初はそのスローライフに憧れたり、できることは真似てみようかという気になりますが、そのうちだんだん飽きてきたり。

でも番組を見て感じたことが次第に心の底に沈殿してきて、ふと、自分や家族の暮らしが平穏であったことに感謝したくなります。

 

自然の中で、自然に感謝しながら静かに暮らす、そんな生き方をほんの少しでも疑似体験できているからかもしれません。